球体通信

Around Forty gay on the Kyushu Island

門司港ホテルの夜。

彼女とは田舎のパワハラ職場で知り合った。

 

部署は違ったがよく顔は合わせる程度の関係。

 

たまに仕事の話を交わすぐらいなもんでそこまで仲がいいわけでもなかった。

 

そもそも僕は基本、人と距離を置いているので仲良くなりようがなかった。

 

ある日、そんな関係が変わり始めた。

 

彼女の部署にいる世話焼きおばさんが僕と彼女をくっつけようと動き出したのだ。

 

普通に最初は断ろうと思っていた。面倒くさいし何より僕にメリットがない。

 

そう思っていたのだが、僕の中に別の気持ちが湧いてきた。

 

田舎の"普通"のレーンに乗って、結婚して子供を持てればそれはそれでありなんじゃないかと。

 

彼女も僕もどう贔屓目に見ても持てるタイプではなく、なんとなくもっさりした感じ。

 

そんな雰囲気の似た二人を世話焼きおばさんはくっつけようとしたのだろう。

 

世話焼きおばさんに言われるままに僕は彼女たちとまず福岡に一緒に買い物に行った。

 

彼女たちというのは世話焼きおばさんとその仲間のおばさん2人と彼女だ。

 

もちろん仲間のおばさん2人も僕と彼女をくっつけたいようだった。

 

その謎の集まりで買い物やドライブに2、3回は行ったと思う。

 

そんな感じで数ヵ月経った頃、世話焼きおばさんが僕を焚きつけてきた。

 

「○○(彼女)のこと、どう思ってんの?」と。

 

僕は「別に・・・」みたいな返しをしたと思う。

 

その返しに世話焼きおばさんは煮え切らない男だとイラッとしたのか、

 

「好きじゃないの?大切じゃないの?」と詰め寄ってきた。

 

僕が「大切には思ってますけど・・・」と返すと、

 

「じゃあ、告白して付き合いなさいよ」と強めに言われた。

 

僕は「じゃあ、そうします」みたいに答えた気がする。

 

それからまたちょっとして謎の集団で佐賀まで小旅行をして

 

なぜか唐津城見える橋のたもとで彼女に告白をした。

 

世話焼きおばさんたちに急かされるようにして。

 

こうして僕と彼女の恋愛ごっこが始まった。

 

当時の僕たちは30歳になったかならないかぐらい。

 

でも、僕も彼女もまともな恋愛をしていないのでかなり手探りだったと思う。

 

彼女は彼女で世話焼きおばさんたちに言われるがままにしていたふしがあり、

 

今思うとかなり強制的にくっつけられた感があった。

 

それでも週末は僕の車で彼女を迎えに行き、ロングドライブに出かけたり

 

おいしいものを食べに出かけたり僕たちは僕たちなりにデートを重ねた。

 

車の中でいつもかけていた音楽は、「くるりチオビタ」というアルバム。

 

菅野美穂ちゃんと平山広行くんのチオビタ・ドリンクのCMで使われたくるりの楽曲がまとめられたコンピレーション。

 

僕はCMシリーズが大好きで、あのCMのような二人に彼女となりたかった。

 

僕の異性愛のイメージはまさにあんなのが理想で、平穏な時間を一緒に過ごしたかった。

 

彼女との間に愛はなかった。

 

でも、お互いにほっとけない情のようなものはあったと思う。

 

あれを異性愛だと呼ぶのならそうなのかもしれないし、僕には一生わからない気がする。

 

正直、かなりの時間を共有したけれど、僕はやっぱり彼女に興奮したりはしなかった。

 

彼女となんとか帰り際の車の中でキスするまでもかなり時間がかかった。

 

彼女は「キスもしてくれない・・・」と世話焼きおばさんに漏らしていたと後で聞いた。

 

頑張ってやった異性とのキスだったが、おいしいものではなかった。

 

付き合って半年ぐらいして初めての大型連休が来た。

 

お互いかなりの休みがあるゴールデンウィーク

 

僕たちは大分から関門の旅に出ることにした。

 

自動車のCMで有名になった山口県日本海側の角島大橋まで足を延ばし、

 

それから福岡県の門司港レトロに戻り1泊し、

 

次の日に山口の下関の唐戸市場に行って帰るというもの。

 

割とハードな強行軍だったが、僕の一番の懸念はホテルでの夜だった。

 

彼女とのセックスをどうするか、そればっかりずっと考えていた。

 

結果、僕はバイアグラ個人輸入してまで彼女とのセックスを成功させようとした。

 

田舎の"普通"を求めて僕なりの努力をしようとした方法がそれだった。

 

その夜の大きな分岐点は予想外にセックスの前に訪れた。

 

ネットで予約したそこまで高くないホテルだったので

 

ホテルのレストランでのディナーも僕は予約していた。

 

高級ホテルでの高級レストランではないものの、

 

それでもちょっと場違いな普段着で行ったレストランでのディナー。

 

それなりに彼女と盛り上がりながらテーブルマナーをこなしていた。

 

それまで彼女と楽しく会話をしていたのだけど、

 

彼女越しに見えたボーイさん?ウェイターさん?が目に入った途端、

 

僕には彼女の話が全く入ってこなくなった。

 

僕の視線はそのやたらガタイのいいボーイさんに完全に持っていかれた。

 

しっかりした眉につぶらな瞳、アメフトでもやってそうなガタイが白と黒で整えられ

 

僕には彼が輝いて見えた。

 

この時、僕ははっきりと悟った。あぁ、僕は男が好きなんだ、と。

 

最初から分かり切っていたことではあったけど、、

 

なんとかなるんじゃないかと彼女と付き合ってみたけど、、

 

やっぱりそうだよな、って。

 

ディナーを終えた後、別れ際に彼の姿を目に焼き付け部屋に戻った。

 

そして、彼女とベッドで体を重ねた。

 

前もって飲んでいたバイアグラで立たせて彼女に挿入した。

 

それでも最後まではいけなかったと思う。僕は完全にバイではなくゲイだった。

 

彼女はそれでも僕をやさしく抱きしめてくれた。

 

彼女と門司港ホテルに泊まったあの夜を僕は一生忘れることがないだろう。

 

小旅行から帰った後は彼女に真摯に向き合うこともせずだらだらと付き合い続け、

 

予定が合わない、仕事が忙しいと言い訳をしてデートを減らしていった僕。

 

ひどい人でなしだと今でも思う。

 

結局、秋頃に彼女とは完全に別れた。

 

最後の方の彼女は付き合っているのにあまりに会おうとしない僕に苛立っていた。

 

彼女の方から「もう別れるしかないね!」と切り出されたので、僕は「じゃあ別れよう」と言った。

 

最後まで僕は卑怯だった。

 

いろいろ後悔する出来事はあるけど、彼女とのことは大きな後悔の一つ。

 

でも、やってみなければわからない部分もあったのも確か。

 

僕は本当に男が好きなのだと割り切れたのはあの夜だったと思う。

 

今はもう門司港ホテルも名前が変わって違うホテルになってしまっている。

 

アルバムのラストナンバー「loveless」を聴くと彼女とのドライブデートの帰り、

 

夕暮れの海を思い出す。そして、彼女との会話を思い出す。

 

彼女の時間を奪い、無駄に傷つけたことは弁解のしようもない事実。

 

でも、僕は僕なりに幸せを求めようとしたのも事実。

 

とても空虚でとても苦い思い出。一生忘れられないし忘れちゃいけない僕の思い出。

 


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くるりとチオビタ

くるりとチオビタ

  • アーティスト:くるり
  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: CD