ドリア大好き。

あるゲイのブログ。好きな音楽を中心にその他もろもろ。

「家族終了」感想文。

センセーショナルなタイトルだけれど、一家殺人事件の小説とかではないです。

 

酒井順子さんが『家族』というものについていろんな角度から分析している本、「家族終了」。

 

酒井さんはおばあちゃん、お父さん、お母さん、お兄さんをなくして

 

リアルに“家族終了”したということでこういうタイトルになったよう。

 

『家族』という存在については僕自身、田舎の長男に生まれたこと、

 

物心ついた頃に同性愛者だと気づいたこと、

 

その後も親や姉たちとの関係もあってたくさん考えて悩んできた。

 

どこかでなるようにしかならないと思いながらも一般的な家族観にずっと縛られてきた。

 

だから苦しかった。


でも、この本を読んで少し気が楽になったというか。

 

煮凝りぐらいに凝り固まっていたのがとろみのついたスープぐらいにはなった感じ。

 

答えを求めすぎることで答えが見えなくなることがあるんだ。みたいことも感じたかな。

 

この本のコピー〈家族に“普通“はありません。〉は本当にこの本の内容が凝縮された良コピー。

 

それぞれの家族観はそれぞれの家族の在り様の数だけあるのに

 

何かひとつの“普通”の答えがあるような錯覚をしてる。

 

そういうことじゃないんじゃない?ってこの本は言ってくれている気がする。

 

『家族』という単位の記号に縛られて基本的な人と人とのつながりを見失っては意味がないのだと。

 

少し視点をずらしてもらえた感じがよかった。

 

『家族』と一言で言っても親のこと、兄弟のこと、結婚のことと本当に多岐にわたるし、

 

それぞれの生き方、ジェンダー、幸せのカタチが絡み合う難しい問題。

 

この世に生まれてしまった以上、誰一人この問題からは逃れられない。

 

というのは残念だけど事実だね。

 

まぁいつの時代も生まれた時の家族観が時の流れとともに変わっていくことで

 

生まれる軋轢に苦しむのは変わらないのだろうとも感じた。

 

あとは都会と地方の『家』というものに対する感覚の違いも感じた。

 

都会の50代の酒井順子さんと地方の30代の僕の感覚は、

 

重なる部分も多かった。世代はだいぶ違うけど。

 

でも、比較すると酒井さんの方がやはり先進的に感じた。

 

どちらが進んでる遅れてるではないとは言っても

 

やっぱり田舎は保守的なんだな。自分もそうなんだなって。

 

父は努力の人で立派な人。母は愛情深くて立派な人。

 

できたら命をつなぎたかった。と、今でも思っている。

 

こういう風に思うのも自分の家族観からの感情なんだなぁ。

 

自分の中の“普通”に惑わされずにもっと自由に個として誰かとつながれたらいいかな。

 

なんて、パートナーがどうこう言える立場にないコミュ障だったわ。

 

とりあえず貯金でもするかな。